
「文士」になりたいと思っていました。文士になるためには文士らしい生活スタイルを身につけなければなりません。いい加減な金銭感覚、だらしない女性関係、気が乗らなければ決して仕事をしようとしないずぼらさ。それに、何と言っても文士の仕事道具、万年筆を手に入れなければ何もはじまらない (本質的なことが抜けているような気もしますが)。ということで万年筆を買ったのが、万年筆と僕との出会いでした。文士になるという夢はとっくの昔にすっかり萎れてしまったわけですが、万年筆だけは手元に残りました。最近は、書類を送るときに添付するカバーレターのサインに使うくらいです。
現在持っているのは、モンブラン製のマイスターシュトュックと、ペリカン製のスーベレーンという銘柄 (定番の緑縞模様) です。いずれもドイツ製。上の写真はモンブランです。
モンブランの方はペン先にプラチナ装飾がしてありますが、ペリカンは単なる18金です。価格もモンブランの方が高かった (はずです)。しかしながら、どういう紙にどういうスタイルで書いても、ペリカンの方が書きやすい。インクがよく出るし、書き心地もなめらか。モンブランはインクがなかなか出ないし、色むらが気になります (下の写真)。

ペリカンを買ったのは、夏目漱石が「余と万年筆」というエッセーで以下のような感想を書き漏らしていたからです。
万年筆に就て何等の経験もない余は其時丸善からペリカンと称するのを二本買って帰った。そうして夫をいまだに用いているのである。が、不幸にして余のペリカンに対する感想は甚だ宜しくなかった。ペリカンは余の要求しないのに印気を無暗にぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出して貰わなければ済まない時、頑として要求を拒絶したり、随分持主を虐待した。尤も持主たる余の方でもペリカンを厚遇しなかったかも知れない。無精な余は印気がなくなると、勝手次第に机の上にある何んな印気でも構わずにペリカンの腹の中へ注ぎ込んだ。又ブリュー・ブラックの性来嫌な余は、わざわざセピヤ色の墨を買って来て、遠慮なくペリカンの口を割って呑ました。其上無経験な余は如何にペリカンを取り扱うべきかを解しなかった。現にペリカンが如何に出渋っても、余は未だかつて彼を洗濯した試がなかった。夫でペリカンの方でも半ば余に愛想を尽かし、余の方でも半ばペリカンを見限って、此正月「彼岸過迄」を筆するときは又一と時代退歩して、ペンとそうしてペン軸の旧弊な昔に逆戻りをした。(夏目漱石「余と万年筆」)つまり、夏目漱石はペリカンをずいぶん毛嫌いしていたんですね。と、これが気になり、購入してみたところ、あの時代からずいぶんメカニズムが改善されているのか、非常にまともな書き味だったというわけです。
ところが、僕の持っているペリカン (下の写真) は軽く、軸も細いので、長時間書いていると疲れます。インターネットがそれほど普及していなかった当時、友人とのやりとりに手紙を多用しており、一度に便せん50枚もの手紙を書いていたこともあり、疲れにくい万年筆を探し始めました。そこでたどり着いたのがモンブランのマイスターシュトュック。大阪にいる友人に頼んで安く手に入れてもらいました。今はモンブラン社の締め付けが厳しく、安売りはほとんどできないようなのですが、当時はちょっと探せばかなり安く手に入れることができました。

ところが、何年使ってもなじまない書き心地。もう値段は憶えていませんが、多分4万円以上はしたはずです。一度インク吸い上げポンプの故障で1万円近い修理費を取られましたが、ほとんど使っていません。唯一優れているのは、使っていても全く疲れないという点です。ペリカンとモンブランの違いは日本車とドイツ車の違いみたい。モンブランはもっと乱暴に使ってやったほうが馴染むようになるのかもしれません。
コメント (3)
仕事柄ぼくも、スイスイと書けるボールペンを追い求めています。万年筆を使いたいんですけど、最近は複写の書類が多く、もっぱら胸ポケットの飾りになっています。
現在の愛用品は、ボールペン、万年筆ともカルティエのディアボロ。ボールペンのほうは適度な重さで書きやすく、インクの持ちもよいので重宝しています。
投稿者: kuro | 2004年09月04日 11:52
kuroさんのページ、「ページが見つかりません」になるのですが、
何かのトラブルでしょうか?
僕も仕事で万年筆を使うことはまずないので、ちょっとまともなボールペンを
買おうかと思っています。いつも安い水性ボールペンを常用していますが、
疲れるんですよね。マイスターシュトュックのボールペン、赤用、黒用と
2本くらいほしいなあ。
投稿者: daihiko | 2004年09月05日 00:14
漱石の使っていた「ペリカン」は,ドイツの「ペリカン」ではなく,当時のイギリスのメーカーが制作していたpelicanというモデルだったようです。
投稿者: 通りすがり | 2009年04月19日 01:06